今ひとつ意欲がわかない
Blogだけじゃなくて何をするにしてもモチベーションが維持できない。
スポーツジムも会費だけ払っている状態。引っ越しの後の荷解きも終わってないし。
こういう場合、慢性的に続けていることに傾倒しがちになるので、歌の練習が進む進む。
やっと気分的に落ち着いてきたのでblogに手を付けてみた。
でもなぁ。世の中の進み具合が早すぎる気がするですよ。
ちょっとぼけっとしてると時間がたつのも早いし、ものが変わるのも早いし。
Blogだけじゃなくて何をするにしてもモチベーションが維持できない。
スポーツジムも会費だけ払っている状態。引っ越しの後の荷解きも終わってないし。
こういう場合、慢性的に続けていることに傾倒しがちになるので、歌の練習が進む進む。
やっと気分的に落ち着いてきたのでblogに手を付けてみた。
でもなぁ。世の中の進み具合が早すぎる気がするですよ。
ちょっとぼけっとしてると時間がたつのも早いし、ものが変わるのも早いし。
ほおっておきっぱなし(汗
最近気力がありません。なんか、だらだらとゲームやってるだけで。
でもゲームやってると物書きたい欲求がわいてくるのも不思議ですなー。
最近はFate漬けでした。
ちょっと書きたい気分になってきたので、執筆準備中であります。
時間がないわけではないのですが。
自動車通勤に切り替わり、時間の余裕は出来たのですが、まだ荷解きも終わらず……
っていうか、何でゲームしてるんだ、俺(笑
目の前の欲望に弱いんですよねー。全く。
っていうか怠け者なんですが。
Cocologのプランを変更してみました。
ちょっとCocologの使用方法として思いついたことがあったので……あまり容量を食わないようであれば無料期間が終わる前に別IDで無料アカウント取っちゃうつもりではいますけど。
さて、うまくいくのやら。
職場が変わりました。出向先が変わったわけですが。
自宅から電車で30分、自転車で30分(ゲフ
いや、車で行くつもりだったんですけどね。親父の車がぶつけられたおかげで新車購入まで無理なのです(涙
で。乗換駅&途中駅&最寄り駅でそれぞれ大ショック。
・駅前なのに商店街がない
・それどころか住宅街もない
・挙げ句の果てには駅前から見えるのは山しかない駅もある(大汗
・何が悲しいって自宅最寄り駅から30分しか行ってないのにそんな光景(大汗
……いや、自宅周辺も結構田舎だとは思いますけどね。でも駅前とかは新興住宅地だし、東京勤務者のベッドタウンにはなってるんですよ、一応。
池袋から乗り換えなし一時間強で着くのに、そんなていたらく(汗
恐るべし、埼玉(汗
えーと。Trackbackが届いていなかったようでして反応遅れました。
スイマセン。というわけでTrackback返し。
「百合こころ」は開設当時から更新チェックしておりまして、一応全部読ませて頂いているのですが、若干気になり出した事があるのでこの際、質問(と言うか、提言)させて頂きます。
・「オタク向け」ってなんですか?
「キャラ萌え」指向の消費者層を称して「オタク」としているのはなんとなく理解できるのですが、そもそも言語的に明確な定義の無い単語(なおかつ一般的に使われる場合、その示す範囲が使われる場合により著しく違う単語)を否定的な論調の文章で使うのはどうかと。
で、上記の解釈でよろしいのでしょうか?
・エロを取り扱わないことについて
To YOSH様
このポリシーは、(主にエロゲーに対して)
「(あまり必要ないのに)どうしてSEX描写(というか性器描写)を入れるのか?」
「SEX描写を入れなかったらどうなるのか」
「SEX描写とはなんなのか」
ということを、(睡眠不足になる程度)かなり深く考えた結果でもあります。
こういうことを考えたことありますか?(あっ、挑発ではないですよ)
この件について、いずれはこのblogでも書いて行こうと思っています。
私はこの件については真っ先に記述されるべきではないか(もしくはなかったか)、と思うのですが。
何よりも、虚人ねこ様ご自身の百合の定義を記述する所から始まるべきではないかと思うのですが、如何でしょうか?
私には、「百合こころ」のベクトルが良く理解できていません。
百合系の総合blogを目指すと言われながらもその名称で呼ばれるジャンルの中に内包しているはずの物を、何の前提もなく「評価しないと言うポリシー」と片付けておられる点。
ご自身で曖昧だと認識されているジャンルからの視点で作品の評価をしておられるのにその評価点の正負の基準がはっきりしない点。
ここは一つ、ご自身の百合の認識と定義について一説講じて頂いた方が良いように思うのですが、いかがな物でしょう?
ちょっと失礼になるやも知れぬ文を書いてしまいましたが、ご一考いただけたらと思います。
追記: ……なんか公開メールやね、これ(汗
だいぶ間があいてしまいました。
まぁ、仕事がサイト変更になるとか(これからですが)、新PC購入&旧PCは両親用に再セットアップ(まだ途中)とか色々あるんですが。
何を書こうかを迷ってる部分もあるんですよね。
どうも読み返すと頭を使ってない文が多くて。
まぁ、それでいいような気もしないでもないんですが。
かといって露骨にスタンスが一文中で動いてしまっているようなみっともない文章を垂れ流すのもねぇ。恥ずかしいですし。
なんか、最近頭が働いていないような気がする。ゆっくり休みたい気もしますが・・・新しい仕事も覚えるようだろうしムリかな(汗
かつてFCGAMEXで書いた文章を読み返していた。
私は活字中毒で中学時代以降、小遣いで本が買えるようになってからさまざまな本を読んでおりましたが、あるときを境にその中に「官能小説」が含まれるようになりました。私がXゲームを本格的にやりだしたのは6年以上前からですが、現在にいたるまでプレイしたゲームの性表現について、ある意味感心しておりました。
小説ではすでにネタが出尽くした感があります。さかのぼれば国内外を問わず数百年以上の歴史を持つ官能小説です。富士見書房から出ていた富士見ロマン文庫の一部にはそのような物が多数含まれていますが、日本において出版される数多くの官能小説はステロタイプに異常なまで忠実で、名前と台詞を変えただけのバリエーションとしか読めないものが数多くありました。(特に酷いのがフランス書院とマドンナメイト文庫)
Xゲームをしばらくプレイした感想として私が思ったのは「ステロタイプじゃない物が結構多い。(ないわけじゃないけど)」でした。(現在ではフランス書院ナポレオン文庫、各種成年向け漫画もそうなのですが)
ですが、しばらくして、最初の衝撃が薄れるころ、ふと気になりました。「でもやっぱりどこかで見たことがある」と。ちょうどその頃は純愛物全盛期でした。よくよく考え見ると、それらは70~80年代少女小説/少女漫画でのステロタイプ
を男性性(誤植にあらず)から見た性描写でしかないのです。最初はシナリオライターがそれらのオマージュとして出した新しい手法、と評価していました。が、どこの新興ソフトハウスも最初の路線を捨てているのを見て核心に至ったのが「それが売れるから」なわけです。
そしてこれらの主流ば別の問題を抱えることになっています。皆さんが指摘されているとおり、描写を伴わない性表現はすでにコンシューマでは普通になってきています。性表現が邪魔とされるいくつかの作品はこの時点で(純粋な意味で)Xゲームとして発売される意味を失っているわけです。確かに、恋愛小説の「続き」の表現として成功している作品もいくつかあります。が、大多数はステロタイプを忠実になぞるか、シナリオライターの自己満足の延長でゲームをつくり、免罪符とばかりに「18禁は表現が自由に出来る」と口にする傾向があるように思えます。
実はこれ、99年に書いた文章です。
嗚呼、このころはちゃんと分析して文を書いているなと(どことなく勘違いの臭いも漂っているが)、最近の自分の思考の混沌ぶりを反省したわけですが。
あー。なんか現状と見比べて変わってないような気がする~(汗
っていうか悪化してないですかね?
前記した文を読み返してみると、論調がいささか乱暴だったので反省。
私のスタンスが良くわからんですな。これでは。
百合というジャンルはたとえば一対のカップリングが有れば、そのどちらもがヒロインであり、その一対がそれぞれ存在感を持って、その一対として完結するべきである。
それは、乱暴な言い方をするので有れば、18禁創作の基本形である「ライオンと調教師」のような捕獲、調教と言った流れそのものを見せるようなジャンルとは相容れない。
と言うような主張であれば、分かります。
が、百合を書く上で性描写を書くとすれば、それ相応の書き方があるのではないかと。実際には既存の小説などでそこまで踏み込んだ作品(またはそこまで踏み込んだ作者)がいなかったからなのでしょうけれども。
まぁ、百合という名称が意味する分野に女性同士の18禁モノという意味合いが多分に含まれていたからこそなのでしょうが。
最近私が五木寛之にかぶれてるってのも有るんですけど、もともと欧米型の(当然現代日本もですが。古来日本については知りません)性交渉というのは「ライオンと調教師」のスタイルであって、当然現代日本人の性知識もまたそれであると。
細かく突き詰めていくとジェンダー論とかフェミニズム関連の思想系の話になってしまいますが、百合というジャンルを突き詰めていくこと出かける、今までの概念とは違う性描写と言うのが有るんじゃないか、と漠然と考えているのですが。
ああ、面白そうな話をしてらっしゃる。
鎮守の森の忘れな草
lily
百合作品と性描写の関係
百合こころ
To YOSH様
エロゲがカメラ目線であるかといわれると「違う物もある」と反論したくなるのはさておいて。
(そうで無い作品も多々あります)
・百合に関して
百合と言う分野について以前虚人ねこさんからご教示いただいてから私なりにもある程度調べてみました。
が、どこを調べてみても、以前にも書いたようにジャンルとしてのあやふやさ、未分化状態での認識の重複がかなり、痛いぐらいに目に付きます。
インターネット上で読める小説で百合を引けば、性描写が無い物を探すのは非常に難しい。
意図せず買った百合アンソロジー本にも性描写が含まれている物があった。
(それよりも、マリみてアンソロジーだと知らずに買ったという点のほうが問題なような気がするな、あれは)
マリみて等の場合、少女小説であるからこその、性描写排他ではないのかとふと考えたりもするのですが。
どうあるべきかと言う点では色々とあるでしょうが、焦点を現状とした場合、それを分化してカテゴライズしている面と言うのは出版社にも(集団としての意味合いでの)クリエイター側にも薄いのではないかと思います。
・エロゲに関して
数年前、NiftyのFCGAMEX(年齢制限つきゲームフォーラム)で、「果たしてエロゲにエロは必要か」と言う身も蓋も無い本末転倒な議論がありました。ストーリー志向作品が目白押しだった時期でもあり、また、思考実験的な作品も数多く見られた故の議論であったわけですが。
それと同様にエロゲにゲーム性が必要かという議論もあったのですが、それはさておき。
いきなり余談ですがエロゲにエロはあるのは当然だとも思われがちですが、実は無いのもあるんですよ。
元はDreamCastのゲームで「REVIVE ~蘇生~」と言うゲームがPC移植されましたが、完全移植されたのにも関らずカテゴリーとしては18禁で出されました。
(推察される)理由は以下の通り。
・コンシューマと比べてPCソフトの場合、ソフトウェア倫理機構が18禁とする閾値が厳しい。
・PCソフトの場合、一般向けと18禁とでは初版販売実績に無視できないほどの差がある。
と言うわけで、現状の日本でのエロゲの定義は以下のとおりです。
・ソフ倫、もしくは他の倫理機構の規約に当てはめて18禁とされるもの
ピンパイなどはビデオ倫理機構のアニメに関する部分を適用していますね。
閑話休題。
ストーリーが語られる上で性描写がそのストーリーの進行を構成上阻害するのであればそれは不必要なのではないか、と言う主張をする人はいます。恋愛志向の作品だと今でも普通にありますけどね。通称エロイッカイズツとか言われることもありますが。
性描写を思想表現として使おうとすると性的な思想、一般的ではない性癖等をテーマとして扱っている物が上げられますが(好き、好き、大好き!、幻影調教倶楽部等)、やろうとすれば百合という方向性を持たせて作品を作ることも可能ではないかと。「百合姉妹」に書かれたように、思春期の少女が抱える憧れと恋愛と言う感情の未分化を百合と定義するのであれば、そこにInnocent Sinとしての性描写を与えることは難しくないのではないかと思います。
それが既存のユーザ層に対してどのような評価を与えるかは別として。
さて、総じて、そういう話もある、と言った文章で自分の意見を大して言っていないので恐縮なのですが。
ともあれ、情報として書いておきたいと思います。
追記:個人的な感想ではアトラク=ナクアはそう言った形態をとってはいますが、百合とかレズとか分類される作品ではないと思います。確かに百合好きには親和性が高い作品でしょうけど。
エロ漫画規制だの何だの、以前からいろいろありますけどね。
規制される側の我々の行動として以前から言われたことですが。
「理性的であれ。」
それの意味がもう無くなってるような気がします。
理論がどうのというレベルではないんですよ。もう既に。
と言うか、元から。
相手はこちらを理解する気など無いのですから。
我々に必要な力は「政治力」なのです。
たとえ人間を集めたところで、サイレントマジョリティに耳を傾ける無関心層はいません。
理論も暴力もいりません。必要なのはプロパガンダとそれに説得力を持たせる大集団なのです。
……とか明日のないことをほざいてみる。
「マリア様がみてる」のファンなら忘れちゃいけませんよね。
とか言いながら折り紙で船を折る方法を探している俺がいる(笑<ダメ人間
というわけで皆様。「なかきよ」をやりましょう。
知らない人のために。
「マリア様がみている ロサ・カニーナ」収録の「長き夜の」と言う短編で紹介されていた元旦の風習の一つで、夢に宝船を浮かべるというなかなかに風流な風習です。
やり方はかんたん。下の和歌を紙に書き、折り紙の要領で船を折り(作中では帆かけ舟と言っていますが、枕の下に敷けるのは恐らく騙し舟でしょう)、一月二日の夜に枕の下に敷いて寝るわけです。
問題の和歌は以下の通り
「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」 (長き夜の 遠の眠りの 皆目覚め 波乗り船の 音の良きかな)
回文になっているあたり芸が細かいですね。
江戸期には良い初夢を見るために富士、鷹、茄子の絵や歌舞伎絵を枕にしいて寝ていたそうですが、それの亜流ではないかと。なんでも将軍家ゆかり(だったか将軍家に庇護を受けていた、だったか)のえらい坊さんが始めたそうで。
なかきよの方の由来ははっきり分からないんですけどね。
いい夢がみれれば良いのう。
さて、2003年もあとわずかで終わりである。
このところの多忙でネタを見つけた配意が更新していなかった文章を今のうちに書いておこう。
ココログのオススメサイト紹介が始まった。
そこに挙がっていたからか。別のココログサイトで取り上げられていたのでちょっと読んでみたのが。
一通り読んでみたが、どうもペシミスティックな吐露と教示的な部分との温度差が違和感があるが。
さて。現実の話であるが、有る夫婦がいる。中年の域を超え始めた夫婦である。
かつて中学で席を共にし、高校卒業後しばし職に就いたのち結婚するも学業への想いさめやらず大学に進学する。大学在学中に教員免許を取ったが、妻の方は長男次男を在学中に出産し、三男を卒業直後に出産した。
夫の実家が農家であり、また兄弟仲も良好であった為か夫の実家には既に中学、高校へと入学している姪達が入り浸っていた。母と姪に乳児であった長男を預け、大学を卒業し、夫は県立学校の教師、妻は県立学校の事務の職を得た。
ささやかな平屋ではあるが夫の実家からさほど遠くもない新興住宅地に居を構え、子供達は保育園に預け、働きはじめにの身には莫大な金額であるローンを返済するべく仕事に精を出した。
……夫婦とはだれあろう、私の親父とお袋である。
運が良かったことが重なったかも知れない。私の祖母は大正生まれの割には出征した祖父が帰ってくるまで女手一つで子供4人を育てたという経験のためか、それとも元来の性格なのか比較的リベラルである。
今でも私は所々で引き合いに出すが、母が勤務先の高校の卒業文集で職員へのアンケート「心に残った一言」という題で書いた短い文章は「息子が連れてきた嫁は自分の教育の成果」という祖母の言葉であった。
お袋は幼少の頃より結婚に至るまで、家庭で苦労した経験がある。早いうちに身内を亡くし、親父の実家に近い開業医へと働き出に貰われていった経験がある。
また、親父は大学に在学する前に3年ほど会社勤めをしていたことがある。
学校という閉鎖空間の中で完結した社会知識に陥らなかったというのは、教育関連に勤務する社会人としては幸運であったろう。
さらに、特に親父だが趣味が広い。主に造形芸術関係であるが、陶芸、精密画、囲碁、将棋などなど。お袋も趣味が多いわけではないが、技術を身につけると言うことに関しては結構な貪欲さを示す。
私が知る限りでも教員免許と運転免許の他にアマ無線、パン教師、社会福祉士、調理師の免許(一部公的機関の免許ではないが)を持っている。あと趣味と言えるのは旅行だろうか。定年した国語科の先生(私の恩師でもある)などの友人と共に数年かけて奥の細道を回りきった。次はどこに行くのか検討中だそうだ。
そして最後に。二人とも山が好きである。結婚前からそれなりの回数行っていたようだ。
私や弟たちも何回か行った。むしろ山よりもスキーに行った方が多かったかも知れない。金はないので日帰り。昼食は車の中で自炊といった強行軍をシーズンで10回近くも繰り返した。
最近ではキノコに手を出し始めた。時期になると二人して休日毎に車で出かけ、その度に私は食卓で見たこともないような食材が並ぶのを目の当たりにする。
いくつもの要素が絡み合っているかも知れない。二人とも労働組合や婦人組合に参加しており、女性の経済的自立とか、家庭内での男性の協力などと言った知識が多かったせいもあるだろう。何よりも貧乏暇なしの為に両方がやらねば埒があかなかった。
子供とのコミュニケーションはどうするか。遊ばせる為の金は少ない。ならばみんなでいっしょに連れて行こう。決めにくいことはみんなで話をしよう。
結果として。我が家はちょっと類を見ない家庭になっている。疑問はそのままぶちまけ、政治、教育では議論をする。弟も私も趣味にかかる比重が大きい。そして比較的仲がよい。
さて、話を少し本筋に戻そう。
夫婦の老後、と言う議題についても我が家では既に結論が出ている。夫が趣味Aを持ち、妻が趣味Bを持ち、共通の趣味Cを持つ。これは付け焼き刃であってはならない。そうすれば老後はむしろ有り余る時間が趣味に費やせる夢の時代の到来となるわけだ。家計は長男である私がおり、弟夫婦も同居出来るように現在家を建て替えている。建て替えの代金は親父とお袋の退職金できっちり賄えるよう計算してある。
結局の所、老後とは突如訪れる物ではない。私の両親がこういった結果に落ち着いたのはがむしゃらに生きた貧乏時代、子育ての時代があったからやも知れない。母の実家という物が存在しないため、父の実家の祖父、祖母の面倒に時間を費やせるからかもしれない。
が、結局は老後時代に限らず、それぞれの時代を形成するメンバーとのコミュニケーションなのでは無かろうか。
それを考えると、親父とお袋の一番の幸せは中学時代に出会ったことで充分な理解を深める時間があったからなのではないかとも思ったりする。正確な回答はおそらく誰にも分からないだろうが。
ところで、老後の生活に不安な点が一点だけ有る。
親父が無類の酒好きのため、肝臓に不安があるのだ。こればっかりはお袋が手綱を取るべきだと思うのだが……
昨日は末広町で忘年会でした。
秋葉原から歩いたんですが、中央通りの変貌には目を見張るものがありますね。
・食い物屋が増えた。食い物屋台も増えた。
・中央通りで堂々とオタク絵看板晒しアゲ(汗
・二次元エロ絵まで晒しアゲ(大汗
萌えの街とまで呼ばれるようになってしまったのはいつからですかね。
ラジオとオーディオから家電とパソコンに切り替わった時期は結構はっきりとしていると思うんですけど。
パソコンソフトから始まり、じわじわと変わっていったのではないかと思っているのですが。
ゲーマーズの店舗が出始めた頃が切り替わりなのかなぁ。
っていうか、本で買ってた・・・けどまだ読んでません。
趣都の誕生 萌える都市アキハバラ
読まなきゃ・・・
ちょっと思い立って調べてみたことがあるんですけど
つーか、検索掛かりすぎだっつーの
台湾では政権がリベラル化した後、とある企業トップが「台湾のインフラを大日本帝国軍が設備してくれたので今日の台湾がある」など発言するとか歴史再認識に努めていらっしゃるので正常化方向に向かっているが。
対中国はマスコミの誹謗合戦が激しすぎて一般レベルでは分かりようもないな。
っていうか、アジテーション合戦になってませんか。
で、対韓国ですが。
不思議の国の韓国
きっちり資料まで出して反論を退けています。
嫌韓派の人々って「もともと韓国が好きで勉強しようとおもって調べてみた結果、嫌いになりました」って人が異様な割合でいるような気がする。日本に対し正しい歴史認識を、と思って資料を集めてみたら、親日派になりましたという韓国、在日朝鮮人の人も少なからずいるようだ。おもてには出てこないが。
俺は歴とした左派である為、むしろ中国・韓国側の主張に傾いていた嫌いがあるが、ここまで資料そろうとなぁ。
ニュースソースがデジタルだけになるとちょっとその選別にとまどう嫌いもあるが、日韓に関わらない筈の欧州の歴史研究家などの意見をさらってみても、韓国側の意見に信憑性があるとはおもえん。
で、昨日。親父、お袋と飯を食いに行った際にちょっとこの話題に触れてみた。
……ちょっとじゃなかったな。結構話した。
うちは家族そろって左派であり、主張としては中韓よりの認識が強かった。で、こういう話があるのだ、と話してみた。
お袋「確かにそういう話もあるんだろうけど、占領したって事には間違いないじゃない」
だからそういう話じゃねぇっつーの。日本が巣鴨裁判や広島の原爆の保証をアメリカにしろっつーのと同じ事を韓国が日本にやれと主張してて、しかもその信憑性がないのを問題にしてるんだっつーの。
話していて気づいたが占領や統合統治自体をたとえ韓国/朝鮮での政治一派(もしくは大東亜政策での東南アジア併合など)が日本に対し望んでいたという資料を提示したとしても、嫌戦派には受け入れがたい事実であるとは思うのでそれを主張するのは確かによろしくない。思想戦略上から言ってもだ。
むしろ、占領時下での欧米の振る舞いと日本の振る舞いを正しく理解させるのが必要ではないか。
いまだに日朝修繕条約が不平等条約とか信じている人も多いわけだし。(国家として日朝は平等であるとは第一条に記載あり)
そのあたりを正しく書いた参考書をご存じの方がいらしたらご教示願いたい。
プロパガンダに使わせていただく。
しかし、調べれば調べるほど、嫌いとか以前に、怖くなる国だな。韓国
ココログ更新一覧で面白い文章を見つけた。
現代の教育現場は理想と建前と本音が交錯する大人の現場でしかない。というのが私の所感である。
ウチの親父もまた教育者であり、組合活動に従事している為色々とそう言った話も聞くのだが。
正直な話、どこまで言っても理想論と反体制主義だとしか思えないのだ。
子供に対する教育云々の問題以前に親の問題が大きすぎるのではないかと思う。
高度成長期以降、マスコミなどの情報機関が情報を大量に発信するようになり、さらに報道のモラルもそれに追従するように下がっていった。
多大な情報に身をおく場合、上記した文章にある様に情報過多の状態に陥るが、我々の親の世代(いわゆる団塊世代)あたりから、情報の取捨選択という技術を身に付けるのではなく、思考停止に陥っている。にも関らず、子供の世代は情報の取捨選択を身につけている。その方向性は子供達が決めている為に、モラルがどうのと言うレベルの話ではなくなっている。純粋にその子らが興味を示すか否かでしかないのだ。
そしてその子らも今は親の世代であり、教師の世代である。
いまさらどうするべきだと言う議論は既に時を逸している感が強いのだが、現実的な解決策は複数世代同居とか、地域型小規模コミュニティの育成とかプライバシーの放棄とか。現状に逆行するような手段しか私には思いつかない。
少なくとも、教育現場にそれを期待するのは大きな誤りだとしか思えない。
前記した理想主義的な側面もそうだが、何よりも、体制に対し口で反対し、組合に属しているのに。
ウチの親父はいつでも抗議行動参加者を集めるのに一番苦労している。
やる気の無い連中に何を期待すればいいのだ?
註:元の文章がどうのとかじゃなくて、それから連想した、私の所感というか、雑記ですので。
まぁ、ジャンル的な話なのですが。
俺は結構なんでも嫌悪感無く読めてしまう人なのでいろいろなジャンルに触れる機会があるのですが。
最近微妙に増えているのが複雑な性対象倒錯でしょうか。
トランスジェンダー(同一性性障碍)・トランスセックス(変身モノ他)・服装倒錯等ですが。
それらが微妙に混じってる女装美少年ネタなどもそうですけど。
こんなサイトがあります。
女装美少年ネタはショタ人気と絡んでいる部分もあると思うんですが。
その他にも、マイナージャンルとしてはコプロフィリア(スカトロ)、ネクロフィリア、肉体改造、カニバライズなどがありますが。
地道に人気があるのはロリショタ放尿モノですかね。
こういったマイナー性癖をいちいち分解して説明していくのも面白いかな、とか思ってみたり。
俺としては「レズ物バカップル変態追求」小説読みたいんですが、どなたかご存じないですかね。
書くことを悩んでいるうちに、パソコン通信時代から何本か書いているエッセイ気味のモノを引っ張り出してこようと思ってみた訳ですが。
たとえばこんなの。
物事は記号化されることによってその構成を単純化すると、全く別の事象が時おり非常に似通った相を持っていることが分かるのは周知の事実である。物事を論じるのは基本的には文系人間の行うべき事項であると思われがちではあるが、これはれっきとした数学的な作業である。
だが、それは認められないことが多い。
物を考えると言う事を放棄した感情的な論理によってそれは否定される。
それは論理ではないという意見は通用しない。定義的には明らかな誤りであるが、それを推敲すると言う課程は踏まれる事無く、彼らにとって論理なのである。ある時、私は飲み仲間と以下のような会話をした覚えがある。
「なぜ、今の若い連中は考えることをしないんだろうか?」
「今の世代を今の社会がそのように作っていき、それが多数となるのであればそれは考えるという行為を自然淘汰した結果じゃないのか?」であるとするなら。或いはそれが正道なのかも知れない。
我々は座して滅びを待つだけである。
こーいうの垂れ流していくのも面白いとか思ってみたり。
ココログお役立ちサイトリンクからたどってRSS収集サイトやRSS検索サイトを眺めてみたが、やはり似たような趣味や情報を求める人が近づけるようにするべきなのだろうと思う。
が。
ほぼ脈絡無い内容をつらつらと書き連ねる気であるので、Descriptionにも書きにくいのは確か。
一応備忘録としてあるのでやはりここは書くつもりである内容について書き記しておくべきだろう。
つーわけでだらだらと挙げてみる。音楽関連は、まぁ、これでも15年以上続けてきた自負があるので、多めになるだろう。クラシック、声楽を主に普段聴いているモノ(TechnoとHM/HRがメインだが)とか機材とか。あとは趣味の範疇ではゲーム(コンシューマ、アーケード、PCエロゲーなど)とか、スポーツ観戦(ラグビーOnly。しかも国際戦ぐらいしか見ないが)とか、料理とか、書籍関係とか、TRPG関係とか。
あとは思い立ったように思想的な戯れ言を書き連ねるやも知れず。と言ったところでしょうか。
Web Pageの構築は仕事で二つ、サークル関係でひとつやっておきながら、個人ページは3回試みて3回挫折しましたが。
やはり旧来からのNifty会員はテキストベースの思考形態だよね、とか自己弁護してみます。
と言うわけで遅ればせながらココログに参戦してみました。
サービス開始直後から登録は済ませていたんですが、ちょうど夜勤の最中だったのと、Weblogなるモノの仕組みがよく分かっていなかったので、いろいろと勉強するところから始めてみたのですが。
確かに面白いシステムではあります。しかし、何を発信するかというのはかつてWWW普及で一億総勢クリエイター気分に陥っていた時代と変わらないのではと。
しかし、基本的にWeblogでは自慰的な情報発信で良いのでは、とか言う印象もあります。
それがWWWではあり得なかった、更新管理一元化(実際には複数有るみたいですけどね)によってブロードキャストされ、それがトラックバックやコメントと言った形で結果としてブレイストーミングの形態を為していく。掲示板ともWWWとも違った進み方をしそうではないかと、ちょっと期待しています。
ともあれ、また三日坊主で終わらないようにしないと。
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